鈴鹿:御在所岳
体力維持登山。中道から御在所岳へ。15日の台風7号以降は曇り空が続いたが、ようやく天候回復へ向かっているようだ。
- 登山日
- 2023年8月19日土曜日
- ルート
- 中道-御在所岳-峠道
中道


中道駐車場を5時22分に出発した。鈴鹿スカイライン側の自動車は17台で駐車率3割くらいだった。
中道を登り始めると登山道に落ち葉や折れた枝が詰まっている。何時もの台風後の風景だが、今日は大きな枝は落ちておらず片付ける必要がない。それだけ被害が小さかったのだろう。倒木は見当たらない。




伊勢湾側には雲があって直射日光はない。立ち止まれば朝の冷えた大気を感じられるが、やはり大汗で登ることになる。熱気を孕んだ色濃い森林の緑は少し褪せてきた。フィトンチッドの濃厚な大気も薄らいだような。
御在所岳へ復帰して4ヶ月余りが経過した。右ヒザの微妙な痛みは取れないが体調は良くなってきた。大股を開いて岩に登れたりする。これなら秋には鈴鹿山脈の各所へ行けそうな気がする。富士見岩までに2人組1、単独3に追い越されたが、珍しく下山者には出合わなかった。
御在所岳

富士見岩から大黒岩を見下ろせば、既に登山者2人の姿が見えた。雲が南東から武平峠方向へと流れている。
朝陽台で擬木のベンチに座ると何故か尻が冷たい。見ればズボンの内股右側が15cmほど裂けて大穴が開いている。アレが涼しげに見えているので布を引っ張って秘匿する。

ピアゴにて800円+税で購入した中国製ポリエステルの一品だ。両足首の縫い目の上が円周方向にシュリンクしている謎の欠陥品だが、大きくダブダブで都合が良いので長らく登山に着用していた。後ろ姿が気になるけれど、ボロは着てても心はニシキということで。
遊歩道を歩いて伊藤冠峰の詩碑前を通過する。最近、中日新聞の地方版に鎌ヶ岳の山頂に設置された伊藤冠峰の詩碑と設置者についての記事があった。
この詩碑は鎌ヶ岳を歌った漢詩とのことで、漢文もサッパリだが「一峰斜聳如危冠」とある。笠松で医者をしていた伊藤冠峰は、生まれ故郷の御在所岳や鎌ヶ岳に登ったとのこと。広報かさまつ(平成27年4月号)にある短文の記事には修身の教科書に登場したとある。その教科書を書いた連中も同様の人々だったら良かっただろう思うのは、人間性がネジくれてきた証拠か。




三角点へ行けば登山者は少なめ。その西側では何故かトンボが多数飛んでいる。周辺の樹木が邪魔でツバメが侵入できないとか理由があるのだろう。一方、国定公園記念碑から坂を下るところではツバメが多数飛んでいる。登山者が通過すると少し距離を置くが直ぐに戻ってくる。
ズボンが破れたので武平峠へ下ることにした。暑いし、良い理由ができた。
峠道


峠道を下ればコモノギクが咲いているが草臥れたもの、花弁が不揃いのものが多い。岩の上に乗った砂粒は流されたのか滑りにくくて歩きよい。武平峠は中央が雨水で削られたように見える。そんなに雨が降っただろうか。峠の東側ではシロモジの細い木が幹の下部で折れていた。
武平峠東側の駐車場はほぼ満車。鈴鹿スカイラインをショートカットなしで歩いて中道駐車場へ帰った。
菰野町図書館

菰野町図書館で「緑竹園詩集訓解」をチラ見した。伊藤冠峰の緑竹園詩集は1782年(天明2)、冠峰66才のときに完成したものとのこと。
御在所岳に登ったときの漢詩も見つけたが、残念ながら山の様子は書かれていない。股下に問題を抱えているので早々に退館した。また、次の機会に調べましょう。
図書館前では夜店の設営中。今日は「三滝川燈火まつり&町民盆踊り大会」とのこと。24日は菰野の地蔵盆(開催情報が見当たらないけれど)なのでイベントが続くことになる。
行程表
5:22 | 中道駐車場、出発 |
7:56 | 富士見岩 |
8:46 | 三角点(8:46-9:05) |
10:31 | 武平峠(10:31-10:38) |
10:48 | 鈴鹿スカイラインに下りた |
11:34 | 中道駐車場、着 |