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養老:多度山

暑いが山歩きをしたくて多度山へ。車道から登り、健脚コースを愛宕神社へ下った。帰路に多度大社に参詣、市立図書館で多度町史を拾い読みする。

登山日
2017年8月31日木曜日
ルート
車道-多度山-愛宕神社

多度山

写真1 多度山

宇賀神社から狭い道を入り、登山口の駐車場に自動車を置いた。時刻は6時20分、既に1台が駐車している。ハイキングコース案内図が更新され、イヌナシ自生池や多度峡への道が追加された。竹下内閣が1億円をバラまいた「ふるさと創生事業」の廃屋や夏草に埋もれた小径など整備されたのか。イヌナシが開花する四月に行きたいものだ。

車道の「眺望満喫コース」を登る。多度山頂までの標高差は330m。予想される所要時間は約1時間。出発すると直ぐに「山上公園3500m」の表示を見る。なお、来年2月28日まで市道三本杉線の保守工事と看板にあった。

写真2 木曽三川公園と名古屋駅の高層ビル

車道からは所々で展望が拡がる。朝の逆光に揖斐川・長良川・木曽川が白く輝き、木曽三川公園の展望タワー背後に名古屋駅周辺の高層ビル群が見える。高血圧の薬を飲んでいないことに気づき、ザックから予備を取り出す。大動脈解離による胸の痛みから2時間程で死亡した知人を思うと、おろそかには出来ない。

狭い車道を歩くと脇道が気になる。第3見晴台の次の南側カーブでは石鳥居を見た。何だろう、記憶にない。この時期、ヤブっぽい場所に入りたくないので、見晴台も含め、すべて見送る。山頂まで単独の下山者2人、自転車延べ4人に出合った。

到着した屋根付き展望台では親父さんが1人で朝食中。さすがに展望は透明感に欠ける。やはり冬(多度山 2005-12-20)が良い。

写真3 石標

高峰神社西側の石柱を見ると「多度両宮参拝山道」と彫られており、下部は不明瞭だが「下り坂危険注意」か。右面には「水汲口 後藤長治郎」、小文字もあるが意味不明。水汲口って何だろう。

草が刈り払われたヤング広場奥の滑り台から、愛宕神社へ下る健脚コースに入った。この下山道は木立の中の急坂だが、六合目ベンチから展望が得られる。五合目から北側の良く整備された植林帯に下りれば愛宕神社で車道に出る。登山者4人(3組)と出合い、自動車は3台。名古屋ナンバーもお出ましだ。駐車場に戻ると自動車は6台に増えている。皆、車道を登っているのか。

足裏の角質化した皮膚が痛んだり、ヒリヒリしたりする。軽石で削ったり、保湿クリームを塗ったりとメンテしているが、今日のところ大丈夫。

多度大社

写真4 多度大社写真5 籠石

上げ馬神事の坂道前の駐車場は平日無料なので自動車を置く。本殿へ向かうと神職や巫女さんが朝の掃除中。「お早う御座います」のあいさつを交わす。

両宮に参拝すると、本宮の右上、高い位置に注連縄のある岩が見えた。落ちそうで、注連縄の作業も危ない感じ。籠石(怪異・妖怪伝承データベース)だが、ここから何かと出土品があったらしい。多度町史に怪異の記録が引用されているが、何があったのかスッキリしない。隕石落下と斜面崩壊でもあったのだろうか。

多度町史メモ

ふるさと多度文学館に立ち寄った。祝日休館で何度か門前払いになっている。多度山関係の資料を求めて多度町史を拾い読みした。

三本杉:「福王山のてんぐや桑名の八天狗たちが、ここで悪徳商人をこらしめる談合をした」。山頂・高峰神社の裏に三本杉があったとのこと。多度山頂の代名詞。【民俗編】

多度山系観光開発協会の結成:「多度町-多度山頂-北勢町二の瀬まで約九キロのハイキングコースを整備」「山頂の三本杉付近に無料休憩所」「第二次、第三次計画で自動車道路、ロープウエー、宿泊施設なども設ける」。昭和38年11月20日中部日本新聞の引用。自動車道路は養老高原スカイラインのことか。【資料編3】

多度山の展望台完成:「近鉄が桑名郡多度町の多度山頂に工費百五十万円で建設中だった展望台が完成」「またことしの四月には多度町柚井から山頂を通り、多度峡レストハウスまで通ずる十キロ余りのハイキングコースが完成」。昭和39年7月8日中部日本新聞の引用。現在の展望台は果たして築53年か。西回りの「瀬音の森コース」もこの時期の整備か。【資料編3】

天狗や、多度大社上方の「お亀さんの原」に棲む五八寸(ゴハッスン、ツチノコ、怪異・妖怪伝承データベース)の話など、読んでいて飽きないが時間切れ。次回とする。

行程表

6:25登山口駐車場(ポケットパーク)出発
7:24多度山三角点
8:21愛宕神社
8:36登山口駐車場、到着
(作成 2017.09.01)